マトリックス3部作を見直した。飛ぶ人とある意味似ている点がある。似ていない点もある。見直してみて、改めてすばらしい映画だと感じた。こうしたエポックメイキングな映画は10年に1本あるかないか、ということだろう。マトリックス以後では、3Dの幕開けであり到達点のアバターか。個人的には3D映画というのは必要性がよくわからないのだけど。
マトリックス3部作で描かれる仮想現実社会マトリックスは、すべてコンピュータープログラムの解釈で説明がつくのか。それを検証しながらの鑑賞だった。1本目は最初見たときの震えるほどの感動はなかったが、2本目、3本目は新たな発見が多く、あらためてその脚本の周到さにうなった。マトリックスでも一部描かれているが、電気信号である仮想現実が、現実社会にいかに影響を与えたか、現実社会において、仮想現実とどのように同期したか、という点はとても触発された。
もう少しSF映画を掘り下げてみようと思う。
あとはギリシア悲劇が気になる。なにをして物語を掘り下げるかが少し見えてきた。
マトリックス3部作で描かれる仮想現実社会マトリックスは、すべてコンピュータープログラムの解釈で説明がつくのか。それを検証しながらの鑑賞だった。1本目は最初見たときの震えるほどの感動はなかったが、2本目、3本目は新たな発見が多く、あらためてその脚本の周到さにうなった。マトリックスでも一部描かれているが、電気信号である仮想現実が、現実社会にいかに影響を与えたか、現実社会において、仮想現実とどのように同期したか、という点はとても触発された。
もう少しSF映画を掘り下げてみようと思う。
あとはギリシア悲劇が気になる。なにをして物語を掘り下げるかが少し見えてきた。
もともとは9月に2回帰ったうちの最初の帰沖時の飛行機のなかで、新しい飛ぶ人のアイデアの芽がうまれた。その後、2年前に書きかけてやめた飛ぶ人のアイデアを見返し、3本中編構成の長編としようと考えた。それから1ヶ月あまり。まだ形にはならないが、じょじょに輪郭がみえかけている。映画レビューをかこうと思えてきているのも、いい感じなのだろう。SF映画の好きなものを何本か見返そうと思う。ここへきて、長編を書くほどの労力をつかい、目に見えた失敗は許されない。1作、1作引退をかけているのもかわらない。でも、なかなかやめられない。どうしたものか。もう少しもがいてみる。
最近連作短編のベストセラーが多いような気がする。読者サイドのニーズによるもの、編集者がそれを望むなど、作者の外側の理由によるのかと思っていたが、書き手側の効率性、創作のダイナミズムによる理由もあるのだと最近思った。「告白」と同じ手法となった「ふがいない僕は空を見た」は、それほど魅力的には思えなかったが、最近になってようやく読んだ「ジョーカー・ゲーム」は面白かったし、書き手にとっても魅力的なスタイルだなと感じた。同じ場所という共通項でなく、影のように背後に潜む結城中佐というリンクによって繋がれた連作短編。結城が作ったスパイ養成学校の卒業生が主人公になる場合もあれば、外部のものが主人公になったり、またその卒業生すら殆ど姿を見せない話もある。
これも遅ればせながら、キックアスを見た。道徳的には薦められないが、映画的には傑作だ。オキナワを舞台にしたダークヒーローものの連作短編。そんな誘惑が頭を過ぎる。
Don't Let Me Down & Downは全体の骨格固めをしているところで、「果たしてこんな話を誰が読みたいと思うだろうか」という根本的な疑問にぶつかった。仕方ない。もう少し右往左往してみよう。
これも遅ればせながら、キックアスを見た。道徳的には薦められないが、映画的には傑作だ。オキナワを舞台にしたダークヒーローものの連作短編。そんな誘惑が頭を過ぎる。
Don't Let Me Down & Downは全体の骨格固めをしているところで、「果たしてこんな話を誰が読みたいと思うだろうか」という根本的な疑問にぶつかった。仕方ない。もう少し右往左往してみよう。
David Bowieの数ある曲のなかでもマイナーなこの曲が気になり始めたのは、この春のこと。
なんとなく恋愛ものを書いてみてはどうかと思った。
コザ暴動、結ばれぬ恋、歴史上の出来事とオーバーラップしながら、結ばれそうで結ばれぬ愛。
まだまだ、物語の行方はみえないけれど、なんとなくオープニングを書いてみた。デッサンのようなものだ。
久々の一人称小説。
果たして形になるだろうか。もう少し手探りだ。
なんとなく恋愛ものを書いてみてはどうかと思った。
コザ暴動、結ばれぬ恋、歴史上の出来事とオーバーラップしながら、結ばれそうで結ばれぬ愛。
まだまだ、物語の行方はみえないけれど、なんとなくオープニングを書いてみた。デッサンのようなものだ。
久々の一人称小説。
果たして形になるだろうか。もう少し手探りだ。
帰省があったり、40枚におさまらないのではと心配になったりで筆が止まっていたが、とんだ勘違いだと気づき、南ヌ洞奇譚の執筆を再び開始した。出張中の飛行機のなか、電車のなかなどで書き進める。ひょっとしたら今日完成できるかな、とも思ったが、ひとまずここで一区切り。あと9枚。残りは終章のみだ。(南ヌ洞奇譚 21.0kb 31枚)
最初の老人の独白がなかなか弾けなかったが、今日弾けて、書き進めたら気がつくと27枚。やばい、やばい。40枚に収まるだろうか。40枚というのは本当に難しい課題だ。冒頭のエピソードを絞り、タロウと謎の女との出会いシーンも絞る必要がある。「暗闇の匂い」もそうだが、此処まで書かないと、なかなか先が見えないのは、本当にまだ未熟な証拠だろう。あるいはどれだけ書き直す気力を持ちうるかが重要なのか。それを黙認すれば8月中に書き終えるかもしれない。(南ヌ洞奇譚 9.61kb 27枚)
※と思ったら、その半分の14枚だった。エディタを20字に設定したことを頭にいれず、とんだ勘違い。よかった。これで40枚に収められる。(南ヌ洞奇譚 9.61kb 14枚)
※と思ったら、その半分の14枚だった。エディタを20字に設定したことを頭にいれず、とんだ勘違い。よかった。これで40枚に収められる。(南ヌ洞奇譚 9.61kb 14枚)
「森の人」は初稿完成以来寝かしたままだが、40枚モノに再びとりかかる。蟹葬の話から始まる。ホラーといえばそうかもしれないが、ホラーではない。少年が出会う新しい世界というテーマなので、「夏の日のピース」の姉妹編でもある。老人の島コトバが問題だ。タイトルはいろいろ変わったが、南ヌ洞奇譚としてみた。とりあえず2枚分ほど書いてみる。歩留まりは気になるところだが、もう少し書き進めてみよう。(南ヌ洞奇譚 2枚 1.3kb)
森の人の初稿が出来た。書き始めたときに比べ、少し到達点が違ってしまっているような気がしているが、時間もあることだから、じっくり壊して再構成しようと思う。(81枚 45.8kb 森の人 初稿完成)
そろそろカタギの仕事へ行く準備だ。外では子供たちのラジオ体操の音が流れている。蝉も忙しそうに鳴いている。日本の夏だな、という感じがする。今朝は4枚ほど書いた。
(26.9kb 47枚)
(26.9kb 47枚)
カタギの日の執筆は、家の用事もあって思うようにはかどらない。いつもなら昼寝する時間を執筆にあて、今日も8枚ほど書く。もうすぐミッドポイントだ。
(森の人 25.1kb 43枚)
(森の人 25.1kb 43枚)
この物語は最初40枚のヒューマニティものだったはずだが、いつのまにかサイコホラーになった。サイコホラーなのか、人間のホラーなのか、心霊ホラーなのか。アイデアをまとめるきっかけとなったのは、皮肉にも「プリズントリック」について作者が語った言葉だ。フーダニットか、ホワイダニットか、ハウダニットか。
森という場はとても気になる。「森の掟」も突如として森のモチーフが浮かんできた。今35枚あまり。ペースを緩めすぎると、100枚なんてすぐに超えてしまう。気をつけなければ。(森の人 20.5kb 35枚)
森という場はとても気になる。「森の掟」も突如として森のモチーフが浮かんできた。今35枚あまり。ペースを緩めすぎると、100枚なんてすぐに超えてしまう。気をつけなければ。(森の人 20.5kb 35枚)
「森の人」を先に書くことにした。少しペースを上げる。今年のホラーは結構怖いような気がする。自分で言うのもなんだけど。今25枚くらい。ペースはなかなかよいが、もう4分の1か、と思うと、引き締めて書かねばと思う。
(森の人 14.9kb)
(森の人 14.9kb)
闇の香りは書き始めて15枚ほどで休筆することにした。最初に見極めができないのは、まだまだ未熟な証拠だ。40枚のネタを見切るのは難しい。「十三夜」が少し気になっている。樋口一葉の本をすこし読んでみる。月ぬ美しゃや十日三日。
40枚プロジェクトのほうも、少しずつ形が見えつつある。暗室の匂いが記憶の片隅にある女、島を出たくて東京に出たのに戻ってきた女と、島に住みたいのに島に残れない女。ふたりの女の物語。40枚でおさまるかな。父親の記憶がキィになる。来週あたり書き始めようと思う。
40枚のネタを探して、浅田次郎氏や宮本輝氏なんぞを読んでいたら、「森の人」のアイデアが浮かんだ。40枚のネタよりも、100枚のネタで行こうと思う。よくあるどんでん返しを思いついたら、書き始めてしまう悪い癖を直そう。もうひとひねりと思ったら、これはどうかと思う方向を見つけた。もう少し寝かして10月末に向けて今年もホラーを書く。もうひとつ、40枚のネタは探り続けよう。宮本輝氏は前読んだときほどうまいとは思わないが、浅田次郎氏は好き嫌いは別としてうーん、うまいなと今強く思う。まねをしようとしてできるものではないが、40枚ものは浅田次郎氏で行こうと思う。
夏の日のピース(夏の午後のピース)をリリースした。
86枚。隙間時間ばかりをつかって、2ヶ月半かかった。次は30~40枚くらいの短編を書く予定。
86枚。隙間時間ばかりをつかって、2ヶ月半かかった。次は30~40枚くらいの短編を書く予定。
まだまだ物語をコントロールしきれていないが、初稿はなんとか完成した。出張があるので、読み込みにはいろうと思う。レディ・ジョーカー文庫版の読みペースがあがってきた。ものすごい小説だと改めて思う。もちろん足下にも及ばないのだが、改めて志の重要さを知る。溜息ばかりついてはいられない。今の敗北感は、QSの勝負に負けたことが原因なのだ。(夏の午後のピース 初稿完成 47.4kb 原稿用紙換算88枚くらい)
タイトルをゴロがいいので「夏の日のピース」に変えようかどうか考えている。快調ではないが、まずまずのペースで推移しているのではないか。もうすぐミッドポイントあたりか。80枚着地を考えている。(夏の午後のピース 23.4kb)
台湾から帰る間際に芽生えたアイデアをもとに、沖縄を舞台にした短編の執筆を開始した。僕の苦手な子供視点だ。ホラーじゃない。ミステリーでもない。少しファンタジー的な要素はある。最近また沖縄の生活が始まって、この中途半端な自分に嫌気がさしている。抜け出すためには、やはり目の前に浮かぶものを物語にするしかない。タイトル候補はすんなり決まった。街中にピースマークを描く外国人の男と、子供と、おばあの物語。80枚くらいですっきりまとめたい。(夏の午後のピース 3.2kb)
トレンディーに仲村タルオなる人物の官能小説?が載っているという。読んでみたが、随分楽しそうだなと思った。もう少し休養しようと思う。

